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TCHについて

 TCH (ティーシーエイチ)と言って聞いてピンときた方は、先日のTV番組を見た方だろう(たけしのみんなの家庭の医学)。

Tooth Clenching Habit : 習慣性かみしめ」の略称である。

ただし、学術的にはまだ統一、認知された呼称ではない。現時点で学術的には、「Awake Bruxism : 覚醒時ブラキシズム」という言い方が未だ主流であるが、”TCH”という命名はコンパクトで一般の方にもわかりやすいような気がする。

 

 日中、意識しないままに上下の歯があたることで咀嚼筋が活動を誘発され疲労が起こり、その結果、顎関節症や肩こりをはじめとする種々の愁訴が生じるものとされている。

 

「とされている」と、少々心許ない言い方なのは、この現象自体なかなか確認しがたいものだからだ。実際には、その人に終日計測装置をつけてせいかつしてもらいでもしないと、本当に咬んでいる(あたっている)のかどうか、正確にはわからない。

本人が一番わかっていそうなものだが、無意識行為が本態なので、本人申告の信憑性は思いのほか低い。

 

 私はたまたま昨年、これら口腔や顔面の慢性痛に関連する科学的研究を行う、「日本口腔顔面痛学会」の指導医資格を取得した。指導医とは専門医を育成することができるという意味であり、より上級の専門医という位置づけでとても重みを感じている。

とはいえ、学際領域的な内容のため、当学会の専門医に求めるすべてを私が有しているかと自問するとき、まだまだ身につけるべきことがたくさんあると痛感する。

なにしろ、私に限らず当学会初の専門医制度であり、すべての指導医、専門医資格は当面「暫定」、今後引き続き精進して所定の要求事項をクリアしていかねばならない。

 

 

 偶然であるが、なかい歯科では月一回若手ドクターを中心にしたTCHを含んだブラキシズム全般に関しての勉強会「Kyoto Dental Reading Club」を主催して立ち上げた。本当に大切なことと自分の頭で判断し、実際に組織化していくと有機的に発展していくものだと感じている。

 

 さて、その立場で先ほどの話に戻ると、意見の相違がわずかにあるものの、そうした病態の存在が一般向けに開示され、認識されたのは意義深い。なにしろ、ある日ドクターから、「あなた日中食いしばっていませんか?」と言われても「そんなわけない」と思うのが一般的だから、ああいう形でその存在を示してもらえたのは、我々臨床医としては患者さん自身に自覚を促す意味で大きなサポートとなる。

 

 来週もまたKDRCがある。英文資料30ページ分、また読んでおかなければ。

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メインテナンス専用ルーム まもなく完成

こんにちは!なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 院長 中居です。

 

早くも2月。まもなく当院にメインテナンス専用の部屋が完成する。

開院当初より計画はしていたものの、なかなかそのタイミングを失っていた。

最近、先の予約がとりづらくなり治療進行に支障を来すまでになってきたこともあり、せめてハード面だけでも受け入れ能力を増強したつもりだ。

 

患者の皆様、最近とみに予約がとりづらくてすみません。スタッフ数はそのままなので、飛躍的に受け入れ能力が改善される訳ではないものの、お待たせする期間と時間をできるだけ少なくしたいと思っています。

また同時に、春には新規スタッフの加入も予定されており、徐々にスムーズな診療が行えるよう院内改革を進行させています。

 

さて、すこし長くなりますが、、、、。

どうしてこういう改革をしていくかというと、、、。

当院は「補綴治療のエキスパート」の自負を持って治療に当たっていますが、どんなにきれいな出来のいい修復物で補綴治療を完了しても、それは生体にとってはやはり異物な訳で。

例えばインプラントであっても、やはり常にプロの目を光らせた管理がされていなければ、かなりの確率で種々の問題が出てくるということがさまざまな長期データで明らかになっています。

せっかく、われわれも患者さまも、お互いががんばっていい治療を行っても、メインテナンスの不備により良くない顛末をたどるというのはなんとしてもさけたい、と常々考えていました。

また、そうでなければいい治療をした甲斐がお互いありません。

 

近いうちに、さらにメインテナンス部門を強化して、「キュア=治療」だけではなく、「ケア=予防•維持管理」にも力点を置いたシステムをと考えています。

 

なかい歯科は、治療直後の快適さ、美しさだけではなく、永続性のある健康な価値を維持し続けるための仕組み作りに、積極的に取り組んでいきます。

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Over the rainbow 〜 新年に寄せて

新年明けましておめでとうございます。

なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 院長の中居です。

 

 新年早々、年末に買ったアディダスの派手な最新モデルを履いて試走に出た。

家を出た早々雪になりそうな小雨が降ってきた。引き返そうかと躊躇したが、シューズのフィット感を楽しみたくて鴨川べりを北上した。ちなみにこの鴨川沿いは日本最良のランニングコースという人(村上春樹氏談)もいる。

 

思いのほか馴染みのいいシューズにも後押しされてポールサイモンを聞きながらゆっくり走っていると、背後から陽の光が差し込み始め、遠くの杜を足場にきれいな虹が現れた。

気持ちのいい新春ランとなった。

 

 ペースをあげてその虹の向こうまでと杜の近くまできたときには、既にその彩光は消えていた。

何もないことはわかっているが、虹を目指して走ることは何とも言えず気持ちがよかった。何より私はまだ来たことのない川沿いの遊歩道が果てるところまで導かれるように来ていた。

 

 

 今年、なかい歯科はまた大きく変革を迎えます。私たちはまだ我々自身が体験したことのない未知の地点へ歩を進めます。

 

 今年一年充実した心身で、道が果て、新たなステージが現れる地点まで走り続けます。

 

虹の向こうまで。

 

♪ Somewhere over the rainbowBluebirds fly

Birds fly over the rainbow

Why then, oh why can’t I?

 

虹の向こうのどこか青い鳥は飛ぶ 虹を超える鳥達 私だって飛んでいける

-Over the rainbow (1934)

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ものを書くということ

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

 

私がまだ大学院を卒業したばかりのころ、大先輩の先生から

 

            「おい中居、何か書け。出版社は俺が紹介してやる。」

 

とぶっきらぼうによく言われた。

「何か」というのは、もちろん学術記事という意味である。お気軽なブログではない。

とはいうものの、浅才非学をそのまま動物にしたような人間にそんなものは書けるはずがないし、そもそも書くことに何のメリットもない・・・。とそのときは思っていた。

 

 

 あれから時が経ち、この一年ほどで、学術誌に寄稿する機会を何度か得た。

自分の中にいろんなものが満ちてきて少しだけアウトプットしてみてもいいかと思ったからだった。

 

 作業を始めてみると、毎夜終業後に英語文献を検索しながら一行一行構築していく作業は、現在開業医となった私には正直なところ苦行であった。一行の確かさを吟味するために英語論文一本に目を通す。

そんなことの連続である。

 

研究者はそれを生業としているからまだしも、今の私の主たる業務は患者さんの訴えを聞きながら、終日体を折り曲げ、暗い小さな穴の中で細かい作業をすることであると説明したら、

あるいは

サッカー選手がいきなり人前でお金をとって野球をやるようなと説明したら、この無茶ぶりが少しご理解いただけるだろうか?

 

科学論文を書くということは基本的にそういうことなのだが、それにさらに自分の臨床症例もいくつか加えて解説を付けるとなると、なかなかの大仕事となる。

自分の知識、自分の論理展開、自分の治療ともども、客観的に読者目線で自分を吟味する契機となる。自分の至らなさを徹底的に知らされたりもする。

 しかし、結局ここまで痛めつけないことには自分の足りなさがわからないのが凡人である。

 

 

 先生が急逝されてからもう3年になる。

 

 あのときの乱暴な「かわいがり」をまたいただきたいものだが、そう思ったときにはもうかなわない。

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TRUE PREP

こんにちは、なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

秋も深くなり、やっと衣替えをした。

相変わらず、凡庸なものばかりで代わり映えしないワードローブの変化のなさに改めて気づく。

 

また少し昔の話から。

80年代前半の「ポパイ文化」の薫陶をうけた方の中には、おそらくオフィシャル・プレッピー・ハンドブックなる本をご存知の方もいらっしゃると思う。

当時、アメリカのアッパーミドルクラスの大学生のイケてるリアルなライフスタイルが紹介されていて、ベストセラーになっているというふれこみで出版されていた翻訳本だ。

彼らの細かい決まりごとが書かれていて、それが諧謔であるということに気が付くまでには少し時間を要した。それくらい気の利いたパクリどころ満載でファッションソースとして「使える」と誤解されやすい内容だった。

 

あれから30年・・・、同じ著者でその続編”True Prep”が本国で発売された。

 

円高に便乗し取り寄せて読んでみた。

明らかに違うのは「 ファッション < スタイル 」ということに傾注した内容になっていおり、本作は諧謔の意図が読み取りやすくなっているようだ()

「ようだ」というのは、アメリカに関しては、首都と歴代大統領の名前ぐらいしか分からないぐらいのアメリカ音痴の私なので、この30年の彼らの世界観の変化は正直読んでいてよく分からない。

 

しかし、やはりファッションに関しての記述がやはり面白い。

「最良のファッションは何も主張しないファッションである。」

彼らも、家庭を持ち、リーマンショックと9.11を経て、モバイルが手放せなくなった現在でもコンセプトにぶれはない。

 

 

 

改めて自分のワードローブを見て、まぁ、こんなもんで充分いいんだろうと見まわした。

十年前とあまり変わらず、大きな違いは「ユニクロ」が増えたことぐらい。たぶん、十年後もあまり変わっていなさそうな気がする。

 

今年の冬も主張のないファッションでいこうと決意を新たにした()

 

PS 届いた本はたまたま著者の直筆サイン入りだった。

知らずに風呂場で読んでグタグタにしてしまった()。来年初頭、邦訳版が出るらしい。

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京都大学にて

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

先日、京都大学での東日本大震災チャリティーシンポジウムに声をかけていただき、“インプラントの審美症例”に対する問題提起というかたちでお話させてもらった。

アテネから弾丸帰国した週末だったこともあり、疲労と風邪で声がグタグダになって申し訳なかったが、セッション自体はうまく終了した。

 

時計台記念館での開催。普段の歯科学会にはないその威容はさすが「京都大学」という感じで、各演者とも感嘆の声を上げていた。

 

 

 

日本では歯学という分野は、歴史的に私立の専門学校の起源から拡大し、官立の歯学部設置はずいぶん後回しになった。結果的に東大、京大と言った日本を代表する帝大への設置はなかった。なので、教育講座としての歯学部は双方ない。

医学部の中に歯学部が設置されている国もあるようだが、歯科の特殊性や種々の歴史的経緯からこういう事情になっているのだろう。

 

近くにあるのに遠い大学、それが京大。まるでどっかの国みたいだが(笑)。

幸い今回入室できたので、少し近い大学となった。

 

 

震災復興支援活動は継続が必要と言われている。

 

どれだけ助けになるか分からないけれど、来年もまた開催予定で既に演者のお話をいただいた。本年はバランスのとれたいい内容だったように思う。

歯科関係者の方は、来年もぜひご参加いただきたい。

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アテネの会食とミシュランと

  

 

こんにちは、なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

前回からのつづき・・・

 

まったく運良く(着くまでドキドキだったが)感じのいいのレストランで、ここでしか会えないメンバーと食事をした。

 

 

右から、EAO認定医の高梨先生(東京都)、EAOで知り合った友人のニコラ(スペイン)、私の誇れる後輩の大月先生(スウェーデン)。

ミシュランには載っているような店ではないが、大変気持ちのいい会食だった。

そして、驚くような低価格と、世界遺産アクロポリスの丘(パルテノン神殿)を望むすばらしい眺め!!

 

 

 

 日本では、また奈良も含めた関西版ミシュラン発刊が話題になっている。

それはともかく、旅先でドキドキ感なく食事や宿を決めるとなるとやはりミシュランの安定性は認めざるを得ない。大きなはずれはない。ただ、上記のようなバーゲン会場で見つけたラッキーな当たり感も少ないと言える。

 

 そうでなくとも短い滞在だからはずしたくないというのであれば、ある程度の出費とは引き換えにその安心をミシュランに求めるのは決して間違いではないと思う。また話題前の良店もしっかりリサーチされている。

 

しかし、諸国に行くたびにその国々のミシュランを手にするというのは非効率だ。

 

そんな私にピッタリなのが、「ヨーロッパ版ミシュラン」。

つまり各国主要都市に限局した内容のダイジェスト版になっている。名前も聞いたことない地方や秘境への滞在がなければこれでほぼヨーロッパ各都市はこれでカバーされている。

 

 

来年はまたカザフスタン、そしてウィーンとコペンハーゲンが予定されている。

かれこれ5年遅れとなった私のミシュラン、そろそろ最新版を買おうかなぁ・・・。

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EAO in Athens 

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

 

今回は、関西空港から出発→トルコ:イスタンブール

経由し、ギリシャ:アテネに入った。 

 

 

 

 

 

 

機上から見るエーゲ海の島々はこれまで見たことのあるどのランドスケープとも違う荒々しいものだった。ロベルト・ロッセリーニ「ストロンボリ」という昔の映画の中で見た厳しい地勢の様を想起させられた。

荒ぶる神々の島である。

 

 

 私にとってイスタンブールという響きは、昔から地の果てというイメージだった。それは竜飛岬とかといったものと類似する何かがある。あちらとこちらの文節点のような感じと言ったらいいのか。

 

たった一時間のフライトなのにエーゲ海を渡った先はオリエントのあちら側だった・・・。

 

風の香り、空の色、耳慣れぬ言語など五感全てで地球各所の差異を感じる。

 

旅の喜びはまさにこの知覚体験につきる。それはまた慌ただしい日常とおびただしい情報に流され本来の位置からずれて始めている自分自身を、客体化し修正することでもある。ちょうど機械式時計の針を時々標準時に調整し直すような作業と言っても良いだろう。

 

現在、騒乱のギリシャであるが運良く会期はその谷間に収まり、ことなく帰国することができた。

 

      

  

また、夕闇に浮かぶアクロポリスの丘の見える瀟洒なレストランで、運良く旧知の友人らと食事をともにすることができた。

 

その話は後日。

 

追伸

おそらく本邦初、世界最新のメインテナンス用機器の導入に成功しました。

なにせ例外的なことなので、現地での購入交渉から輸入手続きまで素人の浅知恵でどうなることやらと思っていましたが。

後日、認定専門衛生士の横谷からも紹介があると思います。世界標準のハードでメインテナンスのクォリティーが飛躍的に向上します。ご期待ください。

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町内運動会から飛んでイスターンブール

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

 

 

秋の三連休、皆様いかがお過ごしでしたか?

私は日曜日、日本最古の町内運動会である、銅駝地区運動会(今年でなんと第101回!!)に終日参加させてもらいました。 

さすがに伝統行事。青空にはためく国旗にはソビエト連邦があったりして、歴史を感じさせました。

 

情けない事にたいしたこともしていないのにもかかわらず、翌日は筋肉が悲鳴を上げる中、本日出発のEAOヨーロッパインプラント学会渡航の準備をしていました。

 

 

夜半にonline check-inも済ませ、あとは今日の診療。

 

診療が終わりしだい、関空から飛ぶ。

翌朝にはイスタンブール空港でトランジット。

それから一時間ほどボスポラス海峡をわたれば今回の目的地アテネに着く。

 

調べたら現有のルートではギリシャまではこのコースが最短のようだ。ギリギリまで診療もできるし、週明けの月曜の朝からも診療OK!

いつもの弾丸トラベラーではあるが。笑

 

現地では、周知の友人たちと会って、新ツールも入手するつもりだ。

それでは皆さま行ってきます。

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写真を撮ること

こんにちは、なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

祇園・何必館エリオット・アーウィット展をやっているようだ。

時間がないから多分今回も行けそうにない。

見ることは好きだが、撮ることはあまり得手でない。旅先でもマメに撮ることがない。

 

先日、歯科医師会からカザフスタンでの教育活動に関する講演をお引き受けしたのだが、資料を作成しているうちに話すに足る写真の数が極端に少ないことに気がついた。

学術講演会なのに漫談みたいな形で少しお茶を濁した形になったかもしれない。この場を借りてお詫びします。

 

こんな感じで、いつも後から「ないこと」に気がつくが、こればかりは、その時間・その場所に戻って取り直すことはできない。

 

実は、なかい歯科でも当初その問題を抱えていた。

 

最初はどんな状態だったのか・・・?

 

それを省いて治療を始めると、しばしばなにがどう変わったのか、正確に評価することが困難になる。

当院では、口腔内がどういう状態に「なっているか/なっていたか」を、なるべくビジュアルで分かるように説明する努力をしている。しかし、実際には奥の方はなかなか見えづらいし、全体像を大口を開けて見ることは患者さまにとってもしんどいことだ。

 

そんなわけで、できるだけ初診時の何も触っていない最初の状態を医療用の特殊カメラを使って記録している。おそるおそる当院にお越しいただいたにもかかわらず、入室後間もなくバシャバシャお口の中の写真を撮られることへの当惑は想像するに難くないが、後で「なるほど、私の口の中はこうなっていたわけね」と合点がいってもらえればと思って、ともかく最初に写真を撮らせていただいている。

 

また、現実ではあり得ないぐらいの拡大で鮮明な画像を見直せるので、見落としていたものが後で判明したり、患者さまが帰ったあとでも、再検討できる予知が生まれるという利点もある。

 

少々ごつい異物がお口の中に挿入して写真を撮らせていただいているが、現在のところこうしたやり方以上に鮮明に記録・描写する方法がない。患者の皆さまにはしばしばご不快なことだと思いますが、こんな事情をどうぞご理解いただければと思います。

 

スタッフ一同、できるだけスマートに撮るよう心がけますのでよろしくお願いいたします。

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存在の耐えられない軽さ

こんにちは、なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

 

「存在の耐えられない軽さ」 

 

 

分かるような分からんような、それでいて耳に残るいいタイトルだと思う。

ミラン・クンデラの名作のオリジナルは”Unbelievable lightness of being”らしい。

直訳としては「あきれるぐらい軽い存在」としたほうが、意味としてはとれるだろう。

 

映画にもなったが私はこの作品がとても好きだ。

この映画の中で、私の好きなヤナーチェクの音楽がさりげなく使われている(小説「1Q84の冒頭にも印象的に用いられているあれだ)。私は、現代音楽というものをことさら好んで聞く。

中学の頃、音楽教師に武満徹のLPレコード(笑!)をもらって聞いたが、正直、あまりに音のない「間」に退屈して、現代音楽とは自分に縁のないものと思っていた。

 

しかし、この10年「現代音楽」が、我々に近づいたのか、我々が現代音楽に近づいたのか(おそらくその両方だろう)、以前より親密なおつきあいができるようになった。

 

 

概して、「現代~」と名のつくものは、一般には難解なものが多いと考えられている。書、絵画、詩、文学、モードなどなど。この複雑な現代の諸相を表現しようというのだから、ある程度はそうなるのだろう。

 

しかし、古典のように重厚・長大でないことが多いし、耳を澄ますと時々ストンと心の中に落ちてくる知られざる佳作も数多い。必ずしも歴史的コンテクストからその表現形態の必然性を感じて聞かずとも、「ストンと落ちる」ことができれば、それはそれで良いと思っている。

最新モードを楽しむ人が、全て鷲田清一先生のように形而上的に「モードの文法」を分析して着ているわけではないだろう。

 

「気狂い音楽」「イラッとする」と言うひともいるが、しかし、時にそれは日常と絶対的に隔絶した場所へ連れて行ってくれるという意味で私にとってはリラクゼーションの効用がある。

それともう一つ、それらは間違いなく孤高の厳しい戦いの末の所産であることが、私を奮い立たせる。

それらを聞くことは誰もいない道なき荒野をゆく軌跡を追走することでもある。

 

 

そんなわけで、先日もCDショップで渉猟中、ガレージセールでBox10枚組CD発見!!

ベリオ、タケミツ、シュトックハウゼン、ヴァレーズ、シュニトケなど錚々たる内容!早速購入試聴してみたところ、なかなかなかなか!録音、演奏ともに秀逸である。

で、値段だが、なんと1800円(一枚180円・・・)。安いことはありがたいが、これではあまりにも、”unbelievable lightness of being” ではないか、と気の毒になった。

 

ホントに人気ないんだろうな~(泣)。

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変人力

 

 

こんにちは、書きだすと止まらない なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

このブログの管理者から、時々クレームがある。

「院長の書くブログは時おりマニアすぎて分からない。もう少しみんなに分かりやすいものにして欲しい」といった内容である。

 

言いたいことは分かるが、ここで私が「インプラントは絶対いいですからお勧めです!」とか、「甘いものは歯に悪いから控えましょう」なんてメッセージを毎回コピーペーストして発信していったいどうなるのだろう?そんな普通のことをワザワザしらっと言う「普通じゃなさ」になんか違和感を感じるのだ・・・。

 

 我々は(正確には私は)、通常自分を「普通」と思っていることが多い。先日、立ち寄った旧湯川書房跡の「直珈琲」の店主とお話をしていたら、何の話からだったかそんな話になった。

 

 

「いやぁ、世間って、しばしば実は我々とは相当違うところにあるんですね。」

「僕たちって実はマイノリティーなんですね」

「そうなんですね、きっと、、、、、、。」

 

ややエレジーな会話で閉店間際の店を後にした。

 

 

 

知る人ぞ知る「直珈琲」さんのお客さま方もいつも一見して何かありそうな面々である。店主もまだお若いのにもかかわらず、ミニマルなマネージメントで厚い信頼を得ているようにお見受けするが、これ以上書くと嫌がられると思うので止める(笑)。

 

話を戻す。

 

多くの人の為に働けることは職業人として幸せなことであるのは疑いないことだ。しかし、いい仕事をして結果として多くの人々のためになったらいいのであるが、「多くの人を抱え込むこと」を第一義にすることは戒めなければならないと考えている。

言いかえれば、私の仕事をいくらかご理解いただいて、それが適切に伝わる方々へ最善の形でお届けするというのが私の仕事の流儀だと思っている。それはなかい歯科全体の基本姿勢でもある。

 

だから、なかい歯科では、症例により私より適任の専門医が必要と判断すれば積極的に他院への受診をお勧めする。私は歯科全科目を標榜できるような全能の神ではない、補綴とインプラントの一専門医である。

 

患者さまには「本ケースに関しては、私にかかるよりあちらで受診いただいた方が確実に治癒率・結果が良い」とそのまま説明する。これは、ある種の「チーム医療」であるとも考えている。そして、当院で治療したほうが良いと思われることに関してもそのままストレートに伝える。

それは、私だったらそうされたいからだ。

私が心の底からそう思うからだ。

 

ある人は、そんな少し変な、普通ではない(らしい)私に「変人力」があると評する。

幸いなことに京都は「変人力」を比較的ポジティブに評価していただける土地柄であろう。これまで皆さまになんとか受け入れていただいているのもそのためだろう。

 

これからも、すこし変人なブログをよろしくお願いします。

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「患者様」が医療を壊す 後編

なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

 

前回からのつづき・・・

 

おふたりそれぞれ、下顎に脆弱な歯を2、3本残したほぼ総入れ歯に近い患者さん。補綴難易度はともに最高レベル近い。

 

 一方の患者さんは、予算の上限を決め、こちらの提案する治療案を受け入れていただき、特に注文、不満を口にすることもなく完成した。

ただし途中の移行期には、こちらから見ても咬めなかったりしてしんどい時期も長かったと思う。しかし、そこにいちいち言及せずじっとこらえて通院していただいた。

私も最短コースで軸のぶれないおちついた仕事ができた。

 

 もう一方は、費用に大きな制限は付けなかったものの、その要求ポイントも独特で、ご自分の職業に起因する治療への持論をしっかりお持ちの患者「様」。

私が最善と考える提案はしばしば却下、変更を余儀なくされ、そのことによっておこる治療中の偶発症状にも耐えかね、しばしば急患として来院された。

治療は後手後手となりなかなか進まず、今度はご自身がそのことにストレスを感じ、ようやく完成までこぎつけたものの、患者さん自身の強い希望を最大限組み入れ具現化したことによる偶発症はその後も頻発し、、、、。

 

 言うまでもなく結果の差は明らかである。

前者の方には「この上なく良くなった、入れ歯が入ったのを忘れてしまっている」との感想をいただいた。一方、後者の方には不満足が残ったままだ。

 

 

 患者「様」と呼ばれ始めて一見以前より大事にされたようになって久しいが、果たして本当にこのやりかたが患者への受益になったのだろうかというのが岩田氏の論旨である。

こう解説していても、とても難しい話である。

 

 

誤解を受けやすい話だが、ただドクターに丸投げしろということではなく、自分でも考えて必要な知識も最低限得て、その上で「先生お任せします」と「演じる」ことが必要なのだと力説している。

それによって、ドクターの知識、技術は最大限に引き出される。

 

さらに言えば我々も日常「ドクター」を演じている。そして患者さんを読んでいる。演じている患者さんを読めている。お互いがお互いの役を演じてそれを理解しあう、その大人の関係が理想的なのだと言うわけだ。

 

 昨今、いろんな医療情報をこうしてネット検索できるようになって、患者さんが得られる情報は飛躍的に多くなった。それは最低限の知識を得るという意味でとてもいいことだと思う。

ただ、「私はこのくらい良く知っているんだ」と顕示する方に限ってその知識は不正確で偏りがあったりして、むしろ有害なドグマを形成する不要な知識だったりする・・・。

そうして間違ったチョイスをして不幸な目にあった(あってきた)方々を我々は日常多く目にしている。別の言い方をすればネットの情報の確度はその程度であると思った方がよい。

 

 当たり前だが、我々はプロフェッショナルとして、歯のことばかり何年も何十年も毎日考えて続けている。命をかけて。あるいは命を削るようにして・・・。

 

それによって蓄積された強固で膨大な知識体系が短期間にネットで得られた知識に並ばれるはずがない。同様のことを岩田氏も述べている。

 

 

 患者さんにおいては、「お任せします」というのはとても勇気のいることだ。もちろん、わからないことはどんどん質問してもらえば良い。しかし、最低限の知識と、ある程度納得のいく話し合いで大枠が決まったのなら、そして主治医がまあいい人なんじゃないかなと思えたら、後は「お任せします」でいいんじゃないかと。

 

 

 

私もいつかどこかで患者になる時が来るだろう。そのときは、信頼した医師に「よろしくお願いします」とだけ言って、あとは鼻歌でも歌って回復するのを待つようにしたいと思った。

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「患者様」が医療を壊す 前篇

 

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

「患者様」が医療を壊す

 

 なんとも、ドキッとするようなタイトルの本を読んだ。立場上誤解されそうで、あまり人前で読みたくはない(笑)。

 

著書は岩田健太郎氏、30代で神戸大学の教授となった感染症が専門の俊英である。氏の著書を読んだのは二冊目で、一冊目は抗生物質に関する専門書だった。「患者様・・・」はたまたま書店で見かけた内容がすばらしかったので迷わず買った。どうすばらしいかといえば、とても客観的で理論的で、ドグマにおかされておらず(この領域にはそれが結構多い)、でも落としどころは明確でとてもプラグマティック=実用的である。

つまり、自信を持って「使える」本なのである。

 

   実のところ、細かい内容はかなり忘れた。必要なときそれはまたページを繰ればいいだろう。忘れられないのはその論理展開力と筆致の勢いである。才能がそのままページの上を踊っている感じ。誰だ、こんなにすごい書き手は?と思ってあとがきを見たら、なんと私より若い先生で、二度驚いた。

この後、教授となり、気鋭の論客として厚労省行政の重責も担われているようだ。

 

 そんなわけで、この本の話。

 

 変形新書版で一般向けの内容である。大きなテーマとして、

 

「あなたが患者として治療を受けるとき、医者はどう考え、あなたはどう振る舞えば最もいい治療が受けられるのか?」

 

という命題に対し,論理性-客観性を維持し論理展開されながらも、感情-経験則的にすぎるのではという着地点が用意されているのがタイトルと同様驚くポイントである。

 

 

結論を言うと、

 

「患者らしい振る舞いを演じろ」

 

「時には見て見ぬ振りをせよ」

 

「細かいことはいわず主治医を信じてお任せせよ」

 

となんとも時計の針が何十年か逆に回ったような、現代では人前でうかつに言えない「こわい」ことをおっしゃる。

 

しかし、そこに行くつく思考の過程、患者-ドクター間コミュニケーションの分析は前著と同様で澱み、破綻がない。で、結論がこれである。

 

私は氏ほど勇気がないので小声で言いたいが、これは「真」であると思う。

 

 

 

最近も、これを実感する典型的な2症例を経験した。

 

次回へ続く・・・

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最近のいろいろ

こんにちは!なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 院長の中居です

 

カザフスタンから帰国し、ほっと一息と思ったら、学会シーズン到来。

先々週末は広島での補綴歯科学会へ、先週末は福岡での歯周病学会と東京での講習、その間京都にいらした某大学教授との今後に向けてのいろいろな話し合い、、、などなどいつものように休む間はない。

 

その学会にて。

こうした学会に参加して最近感じるのは、私自身の「参加の意義の変化」である。

以前はそのコンテンツ、つまり討議・発表の内容そのものだったわけだが、最近はそれに加えて「人との出会い」がとてもとても大きなウェイトを占めていることに気が付く。

互いに顔と名前は知っていてもそこから大きく動くことのないお付き合いや、メールのやりとりだけのお付き合いでは突破できないコミュニケーションの壁がある。

いろんなご縁でできた出会いの萌芽に、水をやり時間をかけて成長させるように、、、、。その背丈は少しづつ伸びてきているような気がする(たぶん)。この事実ばかりはFacebookも及ばない。

 

そんな当たり前のことにようやく気が付いた。

というかそれを自覚できるようないろんな条件が自分の周りに整ってきたこともあろう。

昨年、認定医資格を取得した、EAOヨーロッパインプラント学会(アテネ)へもやはり今秋行くことにした。

やはりというのは、当初は参加を躊躇していたのだ。しかし、日常出会えないさまざまな人達に出会うことを大きな目的のひとつとして行くこととした。

 

しかしながら、おなじみの診療終わりに空港直行、往復ともに機内泊、帰った翌朝からすぐさま診療!という、何ひとつ余裕のない相変わらずの弾丸トリップだが、、、()

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JOHN LOBB

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

ジョン・ロブ」という靴店をご存知だろうか?世界最高の紳士靴作りをするという英国のメーカーである。

パリのエルメス本店に隣接し、顧客からのオーダーを受け製作されている。

イギリスのメーカーが、たまたまエルメス本店の横にあるのではなく、その靴作りにほれ込んだエルメスがジョン・ロブを職人ごと買収したためにそうなっているのだそうだ。

 

価格は言うまでもなく庶民的ではない。

しかし、安いものではないが、意味もなく高いというわけではない。やはりそれには長い時間と、工程300を超えるという膨大な手間がかかっているためで、時期が来て靴底を張り替えるなど適切なメインテナンスをしていけば、おそらくは一生使えるものだと思う。

 

そのジョン・ロブの製作行程を以前テレビで紹介していた。

思わず頷いたのは、まずは一つ「捨て靴」を作るという工程だ。

まず試着版を作ってそれを顧客に履いてもらい、そこから問題点を抽出し、それをたたき台として最終完成品を全く別に作るというやり方である。

ジョンロブの熟練した靴職人とて、初めての依頼人が初めて作る靴を一発でビシっと作り上げることはできないのだ。いや、確実に仕上げるためには二足段階的につくるというやり方を選んでいるのだ。

 

実は、これは私の義歯製作にとても似ている。

私も初めての患者さんに、

 

「こんにちは!さあ型どりをしましょう」

「さあ出来ました、はいどうぞ」

 

というやりかたで満足いくわけがないといつも考えている。

私も、まずは患者さんひとりひとり違うお口の状態、癖、諸条件、求められているもの、そしてそれらに対してできうることを擦り合わせ、より良いものを製作するためにまずざっと作ってみることをおすすめしている。

最初から自費で製作してくださいということがあっても、できれば遠回りすることをおすすめしている。

世界の最高レペルの職人もやはり遠回りをしてより良いものを作っているということを知り、とても親近感を感じた。

 

また、私にも、ジョンロブほどのものではないけれど、そんな感じで20年つきあっている靴が二足ある。

 

以前のブログにも書いた「靴職人的職業感」が私にはやはり合うようである。

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カザフスタン おまけ

こんにちは なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

カザフスタンへはどうやって行くのか?残念ながら日本からの直行便は無い。

いつも、お隣韓国ソウルの巨大HUB空港インチョンで乗り継ぎ、エアアスタナでカザフ入りする。

 

そんなわけで今回も「インチョン国際空港」を経由。帰路では程よい空き時間ができた。

前夜は機内泊ですっきりしない感じだったが、PPのラウンジでは美味しいビュッフェや広いシャワールームが無料で利用できる恩恵に預かりとても気持ちよく帰途につけた。

 

日本(関空)と比べ、空港のインフラは圧倒的にインチョンが優れていると認めざるを得ない。空港までのアクセス含め、なんとかならないものか関空は、、。国際便の撤退もあまりに多いし、、、。

ITで世界は小さくなって随分ありがたいことだが、やはり膝をつきあわして話さねばならないことも多い。関西エリアだけが時代と逆行して世界との地理的距離を長くしているような感じがしてならない。

もちろん大局的経済状態と密接に関連していることは分かるけれど。

 

 

さてさて、私のブログはいつも「ちょっと見つけたいいお店」的なゆるーい話題が少ないので、ここで少し。

 

場所はカザフスタンの首都アスタナの中心部、国会近くのロータリーに面したロシア料理屋さん。

ここのボルシチもいいが、ロシア家庭料理の「鯉のグリル/マッシュルームソース」が絶品だった。小ぶりの鯉(フナに近い)が一日丸ごとでてきたがとてもクリーミーで美味しくぺろっと平らげた。

 

 

お頭の向きと位置が外国的だ。

日本ではなかなか?食べられないものだと思う。内陸部では川魚やキノコがやはり良い。

是非皆さんにも召し上がっていただきたい!

 

でも・・・、あまり役に立たないインフォメーションですね(笑)。

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カザフスタンより

しばらくぶりです、なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 院長 中居です。

 

昨年にひきつづき、カザフスタンでの学会講演、大学でのインプラント講義、その他各種打ち合わせを終えた。今回、食事とホテルに少々恵まれなかったのがいけなかったが、行程は概ね予定通りで今のところは問題なし。「今のところ」というのはこのブログを空港で書いているからだ。

海外の人気の少ない深夜の空港とは何とも心もとないものだが、インターネットでつながれるというのはありがたい。

 

今回は国内の遠隔地まで足を伸ばして、実習やセミナーも行ったが、国土の広さをあらためて感じた。

 

 

 

この写真以上に、180度見渡す限り木も何もない、ペンでスーッと線を引いたような直線の地平線を生まれて初めて見た。なんにもないということのすごさを改めて感じた。それはちょうど優れた抽象画を見るような感覚。抽象絵画の楽しみ方というのはおそらくこういうことなのだと思った。

 

今回は比較的日程に余裕を設定されていたため、今後のいろいろなプランについてカザフサイドと話をした。国を代表する二大学の学長と面会し、丁寧な応対をいただいた。かなり大きな話となりそうで、一開業医が引き受けるには恐れ多いことばかりだった。また、友人はカザフスタン国の歯科医師会会長となり、いよいよ国を動かす要職に就き、私も多くの宿題を持って帰国することになった。

 

去年考えもしないことが今年起きる、そうした国に彼らは生きている。

日本の閉塞感とは対局に生きている。

 

その一方、私はまた臨床医として、口腔内をいつものように治療する生活に戻る。私という一つの人格が、ミクロとマクロとその両方の視座を同時に抱え込むことは正直しんどいことではあるが、これも何かのご縁だと思いなんとか頑張ってやってみようと思う。

 

 

それにしても、ロシア語は難しい。

 

これ、読めますか?学会場で使用していた私のネームプレートです。「Professor NOBUYUKI NAKAI」と、書いてあります・・・。

 

 

ロシア語に比べたら、難しく感じていたフランス語のなんと簡単なことか。夏目先生、レッスンお休みになっていてすみません。でも当分再開できそうにありません、、、(泣)。

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震災に

なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 院長 中居です。

 

何を隠そう私の生まれは東北である。

 

 

 

さらにカミングアウトすれば、わたしは出身地同一性障害でもある (もしそんなものがあるとすればだが)

 

折り合いを付けようと試みても、どうにも折り合いがつかない親子みたいなものである。

どちらがいい悪いではなく、本当は愛すべきだろうに愛せない、自分の心身になじまない違和感。そんなわけで、故郷を離れてもう30年近くになる。

 

全ての関西人がお笑いのセンスに長けていて商売上手ではないのと同様、酒に弱く饒舌で忍耐がないという東北人もたくさんいる。 この私がそうである。

そう思っていた。最近まで。

 

しかし、客観的に故郷を離れた後のことを思い返すと、これでも自分はずいぶんと気の長いほうなんだろうと考えざるを得ないことが多い。これまで、性格はあくまで個人に帰因するものだと思っていたが、そればかりでもないかもしれないと最近考えを改めるようになった。風土は奥底のどこかのシステムにいくらか影響を与えているのだろう。こんな私でも、どうも世間的には粘り強いたちらしい。

 

その私が忍耐偏差値最下層へ追いやられるほど、故郷の東北には、寡黙で驚くほどの忍耐力に長けた人々が満ちている。

そのことは最大の敬意を持って語られなければならない。それは本当に驚くべき能力なのだ。

 

 

だから、心から申し上げたい。

 

 

 

「がんばれ、東北。」

 

 

 

こんなとき「がんばれ」はよくないという人がいる。でも彼らにはそれを受け止めることのできる、強靭で、不屈の、手に取ったらおそらくはずしりと重い、何人も動かせない魂がその真ん中にいつもあるということを私は知っている。

 

 

 

だから、あえてもう一度

 

 

 

「がんばろう、北の人々。」

 

私も皆さんの仲間です。

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ボクたちは複雑だ

こんにちは!なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。

 

先日、当院に遠方から患者さんが来院された。以下少し長くなる(個人情報でもあるから一部話を類型化する)

 

 その患者さんは数年前、ある1本の歯の治療をした。

治療後もすっきりしないので相談したら、「咬みあわせが悪いのだろう」と言われ調整された。そうしているうちに、反対側の歯が変な感じがしてきた。神経を抜いて修復治療したが、今度はそちらにも違和感を感じ始め、やはりそこを外して仮歯におきかえた。すると今度は咬めなくなって、今度は矯正治療をすすめられて・・・・。逡巡する中で当院にやって来られた。というのが概略である。

この間、数年経過し10件以上の病院や医院を転院した。話を聞くだけで45分を要した。

 

診察すると特に異常は認められないが、多くの治療痕が認められた。実に残念なことだ。

 最近こういうケースが増えている。いや、正確に言うと以前からあったと思うがそれに対して名辞すべき「言葉=病名」が存在しなかったので、認識されてこなかっただけという可能性が大きい。

 

 

我々は患者さんに「痛い」「変な感じがする」と言われるとついその部位に手を触れてしまいやすい性質を持つ。「触れずに置くことが最良」という選択肢は、とても勇気がいり高度な判断を必要とする。

 結論から言うとこれまでの治療の多くは見当違いの善意で懸命に取り組まれ、しかし一部では極めてドグマティックな不可逆的治療が不用意になされ、結果として不要な侵襲を与えてきたことになる。

 

 なぜこうした症状が生じるのか今のところ分かっていない。分かっていないということは、「ヒトはとても複雑だ」ということである。

 

 

 ここで、唐突であるが村上春樹氏の文章を一部抜粋する。少しおつきあいいただきたい。

 

 「今我々が囲まれている現実には、あまりにも大量のインフォメーションと選択肢が満ちており、その中から自分に有効な仮説を適切に選んでインテイクすることは、ほとんど不可能に近いように思える。」

 

 続く。

 

 「彼ら=カルトはシンプルで、直接的で、明快なかたちを持った強力な物語を用意し、そのサーキットに人々を誘い入れ引き込もうとする。それは有効性という点からすれば、きわめて有効な仮説である。そこには不純物はほとんど介在しない。理論に異議を唱えるファクターは、貝の砂抜きをするみたいに、最初から巧妙に排除されている。理屈はそれなりに一貫して通っている。迷うことも、悩むこともない。そこではすべての疑問が解かれている。」

 

 さらにつづく。

 

 「それに比べると、(中略)僕らにできることはいろんな形のいろんなサイズの靴を用意し、そこに実際にかわるがわる足を入れてもらうだけのことだ。時間がかかるし、手間がかかる。うまくサイズのあった靴が最後まで見つからなかったということだってあるかもしれない。そこには保証付きのものはほとんど何ひとつないのだ。」

 

 どうだろう。

 

 引用文中の主語「彼ら」と「僕ら」を何かに置き換えたらそれはそのまま本件の構図そのままになる。

そして、

 「しかし彼らになくてぼくらにあるものもある。多くはないけれど少しはある。それは前にも述べた継続性だ。僕らは「文学」という、長い時間によって実証された領域で仕事をしている。(中略)僕が今こうしてやっていることは、古来から綿々と引き継がれてきたとても大切な何かであり、これからも引き継がれていくはずのものなのだと、僕は感じる。(中略)継続性とは道義性のことでもあるのだ。そして道義性とは精神の公正さのことだ。」

 

「文学」を「医学」という言葉に置き換えて再度読んでいただきたい。

                                    

村上春樹「雑文集」

~自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方), 2011, 新潮社.

                            

 

 

 また、少し話は飛ぶ。

 このブログはしばしば「なかいワールド」と呼ばれているらしい(笑)。

よくある「こんな難症例をやりました」「何件こなしました」的な話題を回避して、「こんなことに感動した」とか「あれは嫌だな」ということをくどくど書いている。

どうして、こんなブログを書いているのか?

 

 つまり、それは私が宗教家ではなくあくまで靴屋(的)であるということ、そしてそれがどんな靴屋かということを知っていただきたいからに他ならない。

あなたはきっとこんな素敵になりますよという魅惑的なサーキットを用意し呈示するよりも、私の周りにある事象と私がどんな関係性を持ち距離感を持っているかを記して、それが間接的に私の靴屋的職業感を語ってくれることになればよいと願って書いている。

 

ヒトは複雑なのだ。例外なくあなたも複雑なはずだ。

 

今回も最後までおつきあいいただきありがとうございます<(_ _)>

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