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もしもピアノが弾けたなら

こんにちは。なかい歯科 ほてつインプラントセンター 中居です。 

 

生来の音楽好きである。
芸術的雰囲気に満ち溢れた家庭などでは決してなかったにもかかわらず、なぜか家にあったブリテンのレコードを幼い時分聴いたのがそのきっかけだったと思う。多分、何かの付録か景品のようなものとして放置されていたのだろう。きっかけが英国の非本流の作曲家ということに苦笑する。

 

ただし、演奏の素養はない。長年ピアノを習っていたし、チェロも演ってみた。しかし、同じ譜面を使っていても、舞台上の演奏者のように人様に聞かせられるレベルには到底なれないし、何よりそんな自分が腹立たしい。才能のなさを恨んだ。

んなわけで、ここ20年は聴くばかりである。

 

週末、東京でインプラントの講演の講師を務めてきた。(その様子はこちらと、こちら)

これまでもしばしば依頼を受けて、札幌から沖縄まで全国を廻ってきた。その土地のものをゆっくり食する余裕もなく、ましてや名所旧跡をたずねることもまったくない慌しい移動である。ただ、本来は出会えない、正確には、出会ってもコミュニケーションなくすれ違ったかもしれなかった方々と、お話をする機会をもつことができる。こちらはどこの誰がしと名乗って話を始めるから、その素性から派生していろんな自己紹介を受けることが多い。狭い世界であるから、共通の知人がいたというのは常である。

 

当日は、誌上でお名前だけは拝見したことがあるという重鎮の先生が前席に座っていらした。自己紹介を受けたが、受けるまでもなくこちらは存じ上げている。恐縮する。

講演中の反応が気にならないといえば嘘になる。

 

内容はつまるところ器材の術式についての標準化されがちなものであるから、誰がやってもおおむね一緒の内容となるはずだ。しかし、やはり個人のキャラクターというものが出るらしい。

演奏で言えば「解釈」「スタイル」といったところか。

 

演者はやはり2時間なら2時間の話の中で、心ひそかに自分の「キメ」のポイントというところをいくつか用意している。声高に言うと安っぽくなるからあえてさらりと流すけれども、本当は一番大事な自分なりの思いの詰まったポイント。各個の医療哲学、大げさに言えば世界観が垣間見えるところだ。そんな箇所で、「うん」とうなずかれたりすると少し嬉しい。というか、かなり嬉しい。

 

たぶんこれが私にとっての演奏(のようなもの)なのだろう。と、最近気がついた。

 

講演中、辛口な先生が2度大きく頷いた。

 

心の中でじわっとフォルテシモ。

こんなことがあるから、また休みなく始まる一週間もなんとか乗り切れる。

 

 

 

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