仙台 牛タン ダ・ヴィンチあるいは蕎麦屋のうどん
こんにちは、 なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。
土曜日は午前診のあと明日の講義のため仙台に。今週末も休みなし。来週末は、東京で講義の予定。
そんなわけで体にごほうびを与えるため、夜は少し外れの評判のいいお店で牛タンをいただいた。かつて経験したことのない大変な美味。メタボ気味の体には少し過分であったかもしれない。あまりにも高級で上品だったため夕べの気分とは少しずれてはいたが。
しかし、よく考えたら牛タンだけでお店の経営をできるのはすごいことだと思う。一転突破だからできうる仕事でもあろう。他にうどんとカレーライスと刺身も扱っていたらたぶんこの店のクォリティの維持は困難だろう。
医療でも同様のことだといつも考えている。どんなに優秀な人間でもひとりの人間ができうる領域は限られている。あれもこれもそれもなんでもできます、というのはやはりどこかおかしいような気がする。ダ・ヴィンチは創造の世界に生きたからそれも可能であったろうが、現代の医学臨床はもっと定量的で仕事の質・量ともに努力と時間の分だけ蓄積されていく。臨床にダ・ヴィンチはいない。
歯科でもこれまた同様のことが言える。
歯科の領域は「歯科」と単科で括るのには相当無理があるほど広範な領域をカバーしている。これは個人的見解とあえて前置きするが、「小児歯科」「矯正歯科」「審美歯科」「口腔外科」、そのほかにも当院の専門のインプラント、ほてつ歯科などなど、それらをすべて一級のレベルでできます、というのは想像を絶することである。「やります」と「できます」ではまったく違う話だ。
当院では「できます」といったからには一級の仕事がしたいと思っていつも請け負っている。その達成レベルが低くなりそうなときには、事前に理由を説明して同意をいただいて治療するか、その方面の信頼できる一級の専門医へ紹介させていただいている。
しかし、こうした受診行動を”should”と私がいうのも不遜なことだろう。 美味しい蕎麦を食べたいとき、わざわざ蕎麦専門店に足を運ぶか、それとも近くのうどん屋で蕎麦を頼むか、最終的にそれは個人の価値観に委ねられるべきものだから。
さらにいえば、一つの歯科専門領域でまあまあの線まで行くのには、10年が一つの目安ではなかろうか。私はそう考える。私は今年で15年目。意欲的に勉強していれば専門領域1.5科分ぐらいは押さえてられているはずだ。しかし、仮に60歳まで意欲的に取り組んでもせいぜい3分野ぐらいしか押さえれない。
臨床とはそんなものなのだ。
私はこの仕事が最近ようやく本当に好きになった。

