ミシュラン2009・京都・医療評価
なかい歯科 御所南ほてつインプラントセンター 中居です。
ボロボロになった表紙のミシュランが今も手元に残っている。20年数前、それを片手にイタリアを歩いて回ったことがある。ずいぶん生意気な若者であったと思うが、今と違って他にまともな情報源がなかったという事情もある。ずいぶん助けられたし、なにより客観的なクールさに旅情報の成熟度を見せ付けられ、渡航前から、欧州の「旅文化」のレベルに圧倒された。だから、ミシュランには思い入れがあるし、未だに敬意を持って見ている。
日本版第二弾ミシュラン京都の発刊が噂されている。しかし、いくつかのお店が掲載にたいして”Non”、実現が難航していると聞く。理由というのは大きく分けて2点。
1.海外の調査官がただの一回で正当な評価をできるのかという疑念
2.不特定多数の客の急増による店側の混乱
理解できないこともない。
話し変わって、最近はインターネット上で歯科医院ランキングがある。いわゆる「サクラ」によってランク付けされている可能性が濃厚であることは、業界では常識となっている。「本当に」良質な歯科医院でも上位に位置づけられていないことが多いというのもまた周知の事実である。であるから、その件に関してはこれ以上何も言及すべきことはない。
医療はどこまで客観性を持って評価できるのだろうか?
現在「ある程度」の客観性と妥当性を有した民間第三者機関による「病院評価」というものはある。評価というよりある一定以上の取り組みがなされ達成されていれば「基準クリアー」のお墨付きがもらえるという性質のものである。だから大変優れた医療を提供してもらえるという保障が必ず約束されるわけではないが、ハード・ソフト両面にわたって前向きに改善しているということはいえると思う。
結論から言えば、この「悪くない」ということを保障することがこうした評価システムの限界だと思う。少なくとも現時点では、「いい」の評価対象を安直に探すとき、誤謬は必ず生じる。自分の目で「悪くない」の中から、自己責任で判断することが最善であろう。
三ツ星「風」ガイドの甘い誘惑にだまされてはいけない。
しかし、またその一方で、ミシュランのような一定水準以上の客観性を有した高い医療文化水準で編集されたガイドの創出もまた同時に年々求められていることも現実であろう。。
「よい批評あるところ、よいパフォーマンスが生まれる。」
文芸や料理に限った話ではないだろう。
しかしさらにこう付け加えたい。
「よい客あるところ、よい批評あり」
「医療文化」という言葉があるかどうかはわからないけれど、すべての国民が医療にもっともっと興味を持ってほしい。意識レベルの高い受益者=患者さんになっていただきたい。医療文化のレベルが高まってほしい。本稿のトピックから外れるから、ここまでとするが、このことは国民のQOLに直結する大事なことである。
でも本当に覆面調査員がうちに来たらどうしようか、、、。
京都らしく”Non”か?(笑)

